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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)40号 判決 1964年2月20日

三菱モンサント化成株式会社

右代表者代表取締役

西川達明

右訴訟代理人弁理士

斎藤二郎

被告

特許庁長官 佐橋滋

右指定代理人通商産業技官

中本宏

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告代理人は、「昭和三二年抗告審判第八八八号事件につき特許庁が昭和三四年六月二四日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

原告代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告(出願当時の商号モンサント化成工業株式会社)は、「農業用ヴイニル系合成樹脂フイルム又はシート」なる発明(後に発明の名称を「農業用掩蓋物」と訂正した。」につき(昭和二九年三月一九日特許を出願し(昭和二九年特許願第五、三六〇号)、昭和三一年八月一四日出願公告がなされた(昭和三一年特許出願公告第六、八四五号)。これに対し訴外阪東調帯護謨株式会社外六会社から特許異議の申立があり、昭和三二年三月二〇日拒絶査定がなされた。そこで原告は同年四月三〇日抗告審判の請求をしたが(昭和三二年抗告審判第八八八号)、昭和三四年六月二四日特許庁は右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書謄本は同年七月九日原告に送達された。

二、右審決は、本件出願にかかる発明の要旨を「乳化剤、分散剤等界面活性剤を含まないビニル化合物重合体または共重合体に、この重合体または共重合体の〇、一―五重量%に相当する量の界面活性剤、および更に適宜安定剤、潤滑剤、可塑剤、着色剤の一種または二種以上を混和したるものより成型されたフイルムまたはシートより構成されていることを特徴とする農業用掩蓋物」にあると認め、これと本件発明の特許出願前公知となつていた刊行物であるとして拒絶査定の理由に引用された米国特許第二、五六一、〇一〇号明細書の記載とを対比し、本件発明は右引例の記載から容易に推考できる程度のものであり、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条所定の特許要件を具備しないものであると判断しているのである。

三、しかしながら、右審決は、次に述べるように本件発明の特許要件につき判断を誤つた違法があるので、取り消されるべきである。

(一)、本件発明の要旨は審決に認定しているとおりで、特許請求の範囲に記載されている特定の材料に特定割合の界面活性剤を混和して成型されたフイルムまたはシートをもつて構成した農業用掩蓋物そのものに関するものである。ところが、引例に示されているのは透明な包装膜の防曇法であつて、本件発明とその目的ないし対象を全く異にする。また、本願発明の農業用掩蓋物は、農業用掩蓋物としての構成そのものは普通の型に形成するのではあるけれども、これに使用するフイルムまたはシートについてみた場合それが特色の材料に特定割合の界面活性剤等を混和したものから成型されているのに対し、引例に記載されているのは、プラスチツクフイルムに界面活性剤を施して防曇効果を呈する包装膜を作ることについての一般的な説明にすぎない。したがつて、審決が本願発明を引例の記載から容易に推考できる程度のものにすぎないとしたのは、あまりにも飛躍的な判断的というべきである。

(二)、界面活性剤を施す方法について

審決は、「引例にはポリビニルクロライドのフイルム(ビタフイルム)に界面活性剤を施すことが記載されており、この場合の操作は塗布によるものと解されるとしても、同引例の他の箇所にはプラスチツクに界面活性剤を施す方法についての一般的な説明として、この物質をプラスチツク中に混ぜた後フイルムに成型する方法と、仕上がりフイルムの表面に塗布する方法との二方法があることが記載されている」としてそれらの記載箇所を指摘し、それらの記載からみて「ビニル化合物重合体に界面活性剤を配合した後、フイルムまたはシートに成型することは右引例の記載中に特に明示されていなくても、引例記載の技術思想の範囲に包含されるものである」旨説示している。なるほど、右引用刊行物の審決指摘箇所にはポリビニルクロライドのフイルム(ビタフイルム)に界面活性剤を施すことが記載してあるけれども、その記載を仔細に検討すると、商品名ビタフイルムとして知られているポリビニルクロライドのフイルムに界面活性剤を用いるというふうに説明してあるので、その場合の界面活性剤を施す手段はフイルムにあとから塗布するものと解される。したがつて、たとえ右引例の他の箇所でプラスチツクに界面活性剤を施す一般的説明として塗布と混入の二方法が示されていても、右ポリビニルクロライドのフイルムに界面活性剤を塗布するという思想の中には、「ポリビニルクロライドに界面活性剤を混和したものでフイルムを成型する」という技術思想は包含されていないものというべきである。そして、農業用掩蓋物にあつては、ビニルフイルムまたはシートとして成型されたものに界面活性剤を塗布するか、その成型前に界面活性剤を混入しておくかは効果に大なる相違をきたすことになる。後者の方法によるときは、農業用掩蓋物として使用中界面活性剤が徐々に表面に滲出して永続的な効果を期待できるのに反し、前者の方法によるときは、界面活性剤が水滴の流れるにつれて流去し、永続性がないからである。したがつて、界面活性剤を混入して成型する方法と成型後塗布する方法とを均等手段とみるのは相当でない。

(三)、出発原料および界面活性剤の添加量について

審決は、本願発明の構成要件中引例に記載されていない点として、(1)ビニル樹脂原料として乳化剤分散剤等界面活性剤を含まないビニル化合物重合体または共重合体(以下単にビニル化合物重合体という。)を使用することおよび(2)親水性物質である界面活性剤をビニル化合物重合体の〇、一―五重量%に相当する量で配合することを挙げ、(1)の点については、前記のような重合体を製造する手段は本願発明の明細書の記載からみて、周知の成型用に使用されるビニル化合物重合体の粉末の製造法と差異がないので、本願発明において使用されるビニル化合物重合体は既知のそれと格別の差異があるものとは認められないとし、(2)の点については、引用刊行物には、界面活性剤をフイルム成型前にフイルム組成物に一様に分散させる場合の添加量に関し、フイルム面上に活性剤が滲出するほど多量に使用できる旨の記載があり、また、実施例(1)には、塩酸ゴムの場合についてではあるが、塩酸ゴムに対し三重量%の界面活性剤の一種であるトウイン四〇が使用される旨の記載があるとしてその記載箇所を指摘し、これらの事実からみて、重合体に配合される界面活性剤の量は、フイルムまたはシートの強伸度に影響する上限と界面活性に影響する下限との間で、単に実験により採択できる因子であり、しかも前記のように一例として三重量%の数値が示されている以上は、その量をビニル化合物重合体の〇、一―五重量%と規定することに特許価値が存するものとは認められないと説示している。

しかしながら、

1、右(1)の点に関し、本願発明の出発原料たるビニル化合物重合体につき、特に乳化剤、分散剤等の界面活性剤を含まないものを使用する理由は、普通の溶液重合または塊状重合によるものは、乳化剤等がはじめから使用されていないのでそのまま使用しても差支えないが、普通の乳化重合または懸濁重合による重合体のように重合の際乳化剤等を多量に用いたものにあつては、重合後塩析もしくは水洗等により乳化剤、分散剤を可及的に除去しておかなければ、農業用掩蓋物を構成したとき、明細書にも記載されているように、光線透過率の減少、耐用時間の著しい減少等障害が起るため、そのままでは使用できないことによるのである。すなわち、単にビニル化合物重合体と記載するに止まれば、重合の際における界面活性剤の残存するペーストレジンをも含むこととなるので、これを除く意味で、本願発明においては、特に界面活性剤を含まないビニル化合物重合体を使用することを必須要件としたものであつて、単に周知のフイルム成型用に供されるビニル化合物重合体を使用すれば足りるというものではないのである。(1)の点に関する審決の説示は、この点を正解しない誤りに基くものに外ならない。

2、次に(2)の点については、引例に「フイルム面上に活性剤が滲出するほど多量に使用できる」と記載しているのは、フイルムに対する界面活性剤の添加量に関する一般的な説明であつて、特にビニル化合物重合体より成型したフイルムについて説明したものではない。また、界面活性剤を三重量%加えるという実施例は、審決も認めているように塩酸ゴムに関するものである。塩酸ゴムは本願発明のビニル化合物重合体と全く性質の異なるものであり、これをビニル化合物重合体にそのまま適用できるとするのは不当である。本願発明において界面活性剤の添加量をビニル化合物重合体の〇、一―五重量%と限定した趣旨は、その下限以下では十分な栽培効果を期待することができず、上限以上では界面活性剤が不必要に多量となり、製品が濁つたり粉を吹いたようになつて商品価値を損うおそれがあるからである。審決にいうようにフイルムまたはシートの強伸度のみを特に考慮したものではなく、強伸度をも含め広く農業用掩蓋物とした場合の性能、効果を考慮し、その永続性を発揮するに必要にして十分な量を見出したものである。

要するに、本願発明において、特に出発原料として乳化剤等を含まないものを選び、且つ界面活性剤の量を数字的に限定したのは、農業用掩蓋物として使用する場合における栽培効果を考慮したことに基くものであり、右の要件を充たすものでなければ所期の効果を期待できないためである。それゆえ、本願発明の農業用掩蓋物として使用するフイルムまたはシートの製造条件は、必要に応じて適宜選択できるとか、或は実験により簡単に求められるというようなものではない。この点に特許価値なしとした審決は誤つている。

(四)、本願発明の効果について

審決は、本願のフイルムまたはシート自体に顕現される効果は、膜面に水滴を生じない効果すなわち引例記載の透明な包装膜における防曇効果と同じであり、光線透過率その他の効果は前記効果に当然附随する効果にすぎず、本願のフイルムまたはシートを使用した農業用掩蓋物の効果の点についてみても、ビニル化合物重合体のフイルムを農業用掩蓋物に使用することが周知である以上、その効果は当業者が予測し得る効果の域を出ないものであると説示している。しかし、本願発明は、単に界面活性剤による防曇効果を得ることのみを目的とするものでなく、防曇効果と栽培効果との両者を具備した農業用掩蓋物を得ることを目的とするものである。すなわち、本願発明は、農業用掩蓋物として使用する場合に、栽培植物の生育に重大な関係をもつ温度および湿度の条件を良好にし、病原菌による植物の病気発生などが起らないようにするため研究を重ねた結果到達したものであり、本願発明におけるフイルムまたはシートを使用すれば、従来品を使用した場合に比し内部の湿度が低く病原菌による病気発生のおそれは殆んどない。その理由は、フイルム中に混在する界面活性剤が徐々に表面に滲出するので、水分がフイルムの表面に滴状で存在することがなく、水分蒸発面積が小さくなるためと考えられる。現に原告が農林省九州農業試験場その他に委嘱し、農業用掩蓋物として、従来の界面活性剤を含まないビニルフイルム(有滴フイルム)を使用した場合と本願発明のもの(無滴フイルム)を使用した場合とにつき栽培効果に関する試験結果を得たところによつてみても、栽培植物の生育、収量等の点において、後者の方が前者より遙かにすぐれていることが実証されているのである。このような栽培効果上顕著な相違をきたす理論的根拠については、実験の対象が植物であるため、なお解明しがたいものが存するのではあるが、審決のいうような防曇効果、透光率というようなことだけから当然に右のような結果が得られるものとは考えられない。本願発明の効果に関する審決の前記説示は、本願発明のもつところの栽培効果を正しく認識しないことに基き判断を誤つたものというべきである。

(五)、新用途の発見について

仮に、本願発明の農業用掩蓋物として使用するフイルムまたはシート自体が引例の記載より当業者の容易に推考し得るものであるとしても、これを農業用掩蓋物として使用するときは顕著な植物栽培上の効果を発揮することは前記のとおりであつて、右は本件発明によつて初て明らかにされた効果である。引例の記載によつて、包装用のプラスチツクフイルムに水滴がつかないようにするため界面活性剤を施すことが既知事項であつたとしても、これを発明の課題が異なる農業用掩蓋物の材料としてのフイルムまたはシートと結びつけることは発明力なくしてはできないことである。すなわち、本願発明は、前記のようにして界面活性剤を混入して成型したフイルムまたはシートに農業用掩蓋物の材料としての新しい用途を発見した点において、いわゆるニユー・ユースとして特許されるべき価値を有するものといわねばならない。

四、以上のとおりで、本願発明が特許要件を具備しないものとした審決は違法であるから、その取消を求める。

なお、原告代理人は、被告の六の主張に対して次のように述べた。

従来の農業用掩蓋物における栽培効果上の欠が本件特許出願前に広く認識されていたということはない。したがつて、本願発明が、ビニル化合物重合体のフイルムまたはシートを農業用掩蓋物に使用するという公知技術における欠陥の認識より出発して、その欠陥を補うに足る既知の技術思想を適用したものにすぎないとする被告の主張は失当である。

第三、答弁

被告代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実に対し次のように述べた。

一、原告主張の一、二の事実および三の事実中審決の理由を摘示した部分はこれを認めるが、本願発明の特許要件に関する原告の見解はこれを争う。

二、原告主張の三の(一)について

本願発明の要旨について考察するに、本願の農業用掩蓋物そのものの構成については明細書に特に説明するところがないから、右発明の要旨は、農業用掩蓋物として特許請求の範囲に記載された特定のフイルムまたはシートを使用することに存するものと考える外はない。そこで、審決は、本願発明におけるフイルムまたはシートにつき引用刊行物の記載と比較検討したうえ、それが新規性を有しないものであることを認定説示し、次にこの既知であると認定したフイルムまたはシートを農業用掩蓋物として使用することに特許価値が存するかどうかを判断し、そのために引例記載の既知のフイルムまたはシートの性質からの農業用掩蓋物への適用性およびビニル化合物重合体のフイルムを農業用掩蓋物として使用することの周知性について検討しているのである。そして、右引例には防曇性を有する透明な膜の製造過程およびその性質が記載されている以上、これらの記載を引用することはなんら差支ないことである。したがつて、審決の判断が飛躍的であるとする原告の主張は理由がない。

三、原告主張の三の(二)について

引例明細書中審決の指摘している箇所には、防曇効果を有するフイルムの製法に関し、フイルムに界面活性剤を塗布または混入するという一般的技術思想が記載され、さらにこの一般的技術思想に含まれる個々の操作条件も記載されているのである。本願発明において使用されるフイルムまたはシートの製造過程は前記の一般的技術思想に含まれるものであり、且つその個々の操作条件は引例に記載された操作条件の範囲で任意に選択できるものであるから本願発明においてフイルムに成型前界面活性剤を混入することに新規性を認めることはできない。原告は界面活性剤の塗布と混入を作用効果からみて均等とすべきでないと主張するけれども、主要な効果である防曇作用が同様に奏せられる以上、たとえ他に原告主張のような作用効果の差異があつても、それは特許価値の判断上過大に重視すべきでなく、両者の手段は均等と解すべきである。

四、原告主張の三の(三)について

1、本願発明において出発原料たるビニル化合物重合体として界面活性剤を含まないものに限定した理由は、原告の主張自体からも明らかなように、ペーストレジンの場合を除外するというだけのことであつて、乳化または懸濁重合により重合を行なつた後界面活性剤を塩析水洗により除去する周知の製造手段によるビニル重合体の場合にはなんら意味をもたない限定であることは明瞭である。

2、界面活性剤の添加量につき、引例に「フイルム面上に活性剤が滲出する程多量に使用できる。」とあるのは、プラスチツクフイルムに界面活性剤を施す場合について記載したものであり、ビニル化合物重合体もまたプラスチツクの一種であるから、前記界面活性剤の量はビニル化合物重合体より成型したフイルムまたはシートに適用できる説明とみても差支ない。また界面活性剤の添加量を三重量%とする実施例の記載は塩酸ゴムに関するものであるけれども、引例においては、塩酸ゴムとビニル化合物重合体はともに透明膜を構成するプラスチツク材料として均等物であるとして記載されている以上、当該技術者ならばビニル化合物重合体の場合にも三重量%程度使用できるのではないかと考えるのは当然である。さらに、審決にも説示したように、シートの強伸度に影響する界面活性剤添加量の上限と界面活性に影響するその下限との二因子を成型上の必要から考慮に入れることも自明の理である。原告のいう「下限以下では効果を期待できないためである」との趣旨は、審決にいう「界面活性に影響する下限」と一致し、また本願発明における上限採択の因子は、本願明細書の記載からみて、フイルムまたはシート自体の性能のことでありこの性能の中に強伸度が入ることは疑いのないところである。この点につき原告のいわんとするところは、強伸度のみではないということであろうが、その添加量を必要量以上とするを要しないことは自明であつて、原告のいう成型されたフイルムまたはシートの商品価値の点も、本願発明の技術思想からみれば、本質的な因子とは認められない。したがつて、審決が界面活性剤の添加量を限定した点に特許価値を認めることができないとした点にもなんら誤謬はない。

五、原告主張の三の(四)について

原告は、本願発明は単に防曇効果のみを目的とするものではないと主張するが、本願明細書の記載からみて、界面活性剤を配合したビニル化合物重合体のフイルムまたはシートの主要な効果は、水蒸気がフイルムまたはシートの表面に介在する界面活性剤の作用により細粒水滴として表面に附着せず、常にフイルムまたはシートの表面に拡大され一様に湿らされて透光性を保持することであり、この効果は引例に記載された防曇効果と実質的になんら差異はない。原告は防曇効果と別個に栽培効果を主張しているが、本願明細書の記載からみて、この効果が前記の主要な効果に附随した効果であることは明らかである。すなわち、水滴が生成しないため水滴の落下により幼芽、葉嫩が傷つけられることが防止され、附着水の蒸発量が少なくなる関係上湿度の低下をもたらすことは栽培上の当然の効果であつて、この点に関する原告の主張は効果の顕著性を強調する趣旨においてはなんらの意味をももたないものである。

六、原告主張の三の(五)について

本件特許出願にかかる農業用掩蓋物そのものの構成については明細書に特に説明されておらず、これに使用するフイルムまたはシートが農業用掩蓋物として使用されることおよびそのフイルムまたはシートには水滴が附着しこれを曇らすという欠陥があることは本件特許出願前周知であつたのであり、本願発明は、右周知技術の欠陥の認識より出発して、その欠陥を補うため既知の技術思想を適用しただけのことであつて、その解明手段になんら新規性が認められず、原告主張の栽培効果も引例の記載よりして当業者が予測し得る効果の域を出ないものといわねばならない。したがつて、本願発明がいわゆるニユー・ユースとして特許せらるべきものであるとする原告の主張もまた理由がない。

第四、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告主張の一、二の事実および三の事実中審決の理由については当事者間に争いがない。

二、原告主張の三の(一)について

前記当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第八号証(特許出願公告公報記載の明細書)によれば、本件特許出願にかかる発明の要旨は、「乳化剤、分散剤等界面活性剤を含まないビニル化合物重合体または共重合体に、この重合体または共重合体の〇、一―五重量%に相当する量の界面活性剤および更に適宜安定剤、潤滑剤、可塑剤、着色剤の一種または二種以上を混和したものより成型されたフイルムまたはシートより構成されていることを特徴とする農業用掩蓋物」にあるものと認められる。しかしながら、右のフイルムまたはシートをもつて「農業用掩蓋物を作る方法」自体および右フイルムまたはシートに「成型する方法」自体についてはなんら特異の点がないのであつて、このことは、原告の主張自体からみても、また前記甲第八号証に「(前略)以上の如くして、重合体又は共重合体に界面活性剤及びその他公知の添加剤を加えた後は、常法に従いフイルム又はシートに成型し、このフイルム又はシートをもつて常法により農業用掩蓋物とするのである。」との記載があり、また右明細書に実施例1ないし5として示されているところも、すべてフイルムまたはシートの原料の配合率に関するものであることからみても明らかである。一方、成立に争いのない甲第一七号証の一によれば、本件特許出願拒絶の理由として引用された米国特許第二、五六一、〇一〇号明細書(昭和二六年一二月一〇日特許庁陳列館受入)には防曇効果を有する透明包装材料たるフイルムおよびその製法についての記載の存することが認められる。それゆえ、審決が、本願発明が特許要件を具備するか否かを判断するにあたつて、本願発明の農業用掩蓋物に使用するフイルムまたはシートの製造過程およびその効果と引例記載のフイルムのそれとを比較して、本願発明におけるフイルムまたはシートそれ自体に新規性ありや否やを判断したことをもつて不当とすることはできず、なお、審決が、前記フイルムまたはシートを本願の農業用掩蓋物に使用すること自体に新規性を認めるや否やについても判断していることは成立に争いのない甲第一六号証によつて明らかであるから、審決が本願発明が特許要件を具備するや否やを判断するにつき比較検討の対象を誤つているという原告の主張は理由がない。

三、原告主張の三の(二)について

前記甲第一七号証の一によれば、審決引用の刊行物中第一頁右欄第八行より第二五行には、「或る種の親水性物質が、このフイルムを作る原料であるプラスチツク中に混合せられ、フイルム全体に分散せしめられた。このようにフイルム中に親水性物質を分散させることは、フイルムの透湿性を増加したが、上述の場合〔濡れた野菜の包装用とする場合を指す。〕には好ましいものであつた。このように、親水性質は、これを完成した包装用フイルムに塗布するよりも、むしろフイルムを作る原料であるプラスチツクに混合する方がコスト安となり或いは技術的に有利な場合もある。フイルムを作るプラスチツク中に混合したにせよ、或いは完成したフイルムの表面に塗布したにせよ、いずれにしても親水性物質はフイルムの表面に存在し、集まる凝縮物をしてフイルムを曇らす液滴となさず、フイルムの内側表面の全体に拡散せしめる。」との記載があることが認められ、右引例でいう「プラスチツク」は本願発明におけるビニル化合物重合体を含むものであり、また「親水性物質」は界面活性剤に相当することは口頭弁論の全趣旨によつて明らかである。そして、右引例の記載においては、親水性物質をフイルムに塗布することとフイルムに予め混入することは均等の関係にあるものとされているものとみるべきであるから、右引例の記載を単に塗布の場合に関するものであるとし、ビニル化合物重合体に界面活性剤を混入したものでフイルムを成型するという技術思想は包含されていないとする原告の主張は当を得ないものといわねばならない。原告は、右のフイルムまたはシートを農業用掩蓋物として使用する場合には、界面活性剤を塗布するか混入するかにより、効果の持続性に相違をきたす旨主張するけれども、界面活性剤の施用方法としてフイルムに塗布する方法とともにフイルム中に混入しておく方法も記載されていることは前記のとおりであり、またビニル化合重合体に界面活性剤を施用したフイルムまたはシートを農業用掩蓋物として使用することが前記引例の記載より容易に想到し実施し得るものであることは後にも述べるとおりであるから、この場合において、界面活性剤の効果の持続性という点よりみれば塗布よりも混入の方を得策とすべきことは、当業者の容易に想到し得べき程度のものと認めるのが相当である。したがつて、原告の三の(二)の主張もまた理由がない。

四、原告主張の三の(三)について

1、本願発明の出発原料たるビニル化合物重合体につき乳化剤、分散剤等の界面活性剤を含まないものを使用する理由として原告の主張するところは、重合の際に界面活性剤が残存しているペーストレジンを除外せんとするに帰着することは、原告の主張自体からして明らかである。ところが成立に争いのない甲第四号証(昭和三〇年九月二〇日付で原告が特許庁に提出した意見書)によれば、農業用掩蓋物に使用するフイルムはペーストレジンからは従来も作られていないことが認められる。してみれば、本願発明において使用する出発原料たる乳化剤、分散剤等界面活性剤を含まないビニル化合重合体そのものは、従来農業用掩蓋物の製造に使用されてきた原料と同一に帰するのであつて、ただ従来の原料にあつては重合後に界面活性剤を施用することがなかつたにすぎないということができる。したがつて、出発原料の点に関する原告の三の(三)の1に関する主張は、それだけでは審決を違法とする理由となすに足りない。

2、次に、本願発明において界面活性剤の添加量をビニル化合物重合体の〇、一―五重量%に限定した点について考えるに、右は、原右の主張によれば、界面活性剤の施用による原告主張の効果を発揮せしめるのに必要にして効果的な添加量ということに帰着するものと解せられる。ところで、ビニル化合物重合体に界面活性剤を添加するのは、両者をいわば物理的に混合するにすぎず、前記甲第一七号証の一によれば、引例において、塩酸ゴムが、これに界面活性剤を施用して防曇作用すなわち表面に水滴を生ぜしめない効果を有するフイルムを作ることに関する限り、ビニル化合物体と均等物の関係にあるものとして取り扱われていることおよびその実施例において界面活性剤の添加量が塩酸ゴムに対し三重量%として示されていることを認め得ることに徴すれば、当業者が右引例の記載からビニル化合物重合体に添加する界面活性剤の必要量を決定することは容易になし得るものと認めるのが相当であり、また界面活性剤を必要量以上余分に施用することが無意味であることも、被告の主張するように、当然といわねばならない。したがつて、本願発明の要旨に示されている量に界面活性剤の添加量を限定したことに特許価値ありとする原告の主張もまた採用することができない。

五、原告主張の三の(四)、(五)について

原告は、本願発明は単に界面活性剤による防曇効果を得ることのみを目的とするものでなく、防曇効果と栽培効果との両者を具備した農業用掩蓋物を得ることを目的とする旨主張する。そして、成立に争いのない甲第一八ないし第二一号証、証人(省略)の証言および検証の結果を総合すれば、農業用掩蓋物を設けて野菜類を栽培する場合に、右掩蓋物の構成資料としてビニル化合物重合体に界面活性剤を施用しない従来のフイルム(有滴フイルム)と界面活性剤を施用したフイルム(無滴フイルム)を使用した場合とでは、概していえば、後者の方が前者よりも、或る程度光線透過率がよく、一日中を平均して掩蓋物内部の温度も高く、殊に午前中比較的早い時刻に温度の上昇を始めること、湿度が低くフイルム面の乾燥も早いこと、栽培植物の生育も早く収量も多いし、殊に早期収穫の成績が良好であることおよび病害の発生をも少なくすることができることが認められる。しかながら、前記三で述べたように甲第八号証の明細書には、フイルムに施行されている界面活性剤の作用によりフイルムの面上に水分が小水滴となつて附着せずフイルムの内側表面の全体に拡散せしめられる旨の記載があり、なお右甲第八号証によれば、右の記載に続いて、プラスチツク中に親水性物質すなわち界面活性剤を混入分散させたフイルムは、水蒸気、炭酸ガス、酸素のようなガス体の透過性を有するとしてガス体に対する作用、効果についても明らかにされていることが認められる。そして、原告のいう栽培効果なるものは、結局フイルムに施用された界面活性剤による右の各作用効果によつて生ずるものと認められるから、引例における前記の記載からして右の栽培効果に想到することは、当業者にとつて格別発明力を要するほどのものとは解せられない。(原告は、本願発明は従来の農業用掩蓋物における栽培上の欠陥の認識から出発したものではないと主張するが、本願発明前いわゆる無滴フイルムを使用した農業用掩蓋物が出現しておらず、そのため、これとの比較において、従来の有滴フイルムを使用した場合の効果上の欠点が確実に認識されるに至らなかつたとしても、界面活性剤を施用しないフイルムまたはシートにあつてはいわゆる防曇作用がなく小水滴が長く附着することは夙に公知の事実である以上、前記判断が左右されるものではない。)そして、界面活性剤を施用しないビニル化合物重合体のフイルムを農業用掩蓋物に使用することが本件特許出願前公知の技術に属することは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、審決が前記栽培効果についての判断を誤つたものであるとし、また本願発明におけるフイルムまたはシートにつき農業用掩蓋物としての新たな用途を発見した点においていわゆるるニユー・ユースとして特許せらるべき価値があるとする原告の主張も採用し得ないところである。

六、以上の次第で、本願発明が特許要件を具備しないものと判断した本件審決にはなんら違法の点がなく、同審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官原増司 裁判官山下朝一 多田貞治)

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